タイトルだけ見て企業のファイナンスの解説書と思う人も多そうだが、社会全体を含めて日本の構造的な課題を取り上げた良書だ(むろんファイナンスの基本もしっかり収めてある)。

本書のテーマはまえがきの冒頭に掲げられている言葉に尽きる。

日本になぜアマゾンは生まれないのか


それは日本企業が損益計算書でしかモノを考えないためだ。著者はそれを“PL脳”と名付けている。

今、多くの日本企業を病魔がむしばんでいます。「PL脳」という病です。「PL脳」とは、目先の売り上げや利益を最大化することを目的視する、短絡的な思考態度のことです。

「売り上げや利益を引き上げることこそが経営の目的」という主張は、一見するとそれらしく思える考え方かもしれません。

ですが、目先の損益計算書(PL)の数値の改善に汲々としすぎるあまり、大きな構想を描きリスクをとって投資するという積極的な姿勢を欠き、結果として成長に向けた道筋を描くことができていないのが、現在の日本企業ではないでしょうか。


市場が年々拡大していた高度成長期であれば、売り上げや利益を昨年比だけで考えるのは合理的だった。だが経済が成熟し、変化や縮小が珍しくなくなった現在、過去にこだわらない決断が常に要求されることになる。これから何をすればいいのか。どこを目指すべきなのか。それを考えるのがファイナンス思考だ。

会計は、会社の「現在地」を知るために必要なスキルセットです。対してファイナンス思考は、会社がどの「目的地」に対してどのように進むべきかを構想する考え方であり、将来を見通すための手段です。



著者がファイナンス思考の成功例として紹介するトップバッターはやはりアマゾンだ。詳細は以前の書評でも書いたので省くが、97年のナスダック上場以来、株主への配当も行わず果敢に設備投資を続けることで圧倒的な地位を確保することに成功している。

他にも、2011年に売り上げ70億円のインディードを1000億円で買収し、いまや「世界一の人材関連事業」となったリクルートや、リーマンショック後に史上最大の赤字を計上しつつ子会社再編とカンパニー制を推進することで5年で営業利益5千億円までV時回復させた日立も続いて取り上げられている。

でもやっぱりこういう話って失敗例の方が面白い。ビジョンもマーケティングも無しに「とりあえず安定してNTT兄貴が仕事をくれるから」という理由でi-modeという泥船にみんなで乗り込んでドボンした日の丸携帯電話事業の皆さんの話を読めば、PLの改善ばっかりやっててもダメだというのがよくわかるだろう。

では、なぜ日本企業はPL脳に支配されているのだろうか。本書は高度成長期の成功体験や間接金融(銀行のこと、融資先のPLを重視する傾向が強い)中心の金融システム等を上げるが、面白いのは日本型雇用も原因の一つとして挙げられている点だ。

日本的経営に沿って終身雇用と年功序列を同時に成立させるのは、ネズミ講に似た状態です。新入社員は低い賃金に耐えて滅私奉公をし、後になって給料を取り戻すという構造にあるからです。この構造を維持するためには、常に親ネズミ(ベテラン)を支える子ネズミ(新入社員)を、毎年多数採用しなくてはなりません。これは会社から見ると、賃金コストが線形に伸び続けることを意味します。
(中略)
その結果、売上を追い求めるためにさらに採用するといった循環構造に陥るのです。


そして、影響は経営陣の資質にもあらわれる。

終身雇用、年功序列を基本とする日本的雇用慣行を採用する日本企業の中において、経営者は内部昇進者であることが基本です。
(中略)
新任CEOの平均年齢は世界平均が53歳であるのに対し、日本は61歳と、対象国の中で飛び抜けて高い年齢です。

高齢でしか役員になれないということは、経営者として在任する期間が短いことを意味します。そうすると、必然的に会社の未来を見据える期間も短くなり、自身の任期期間中を大過なく全うすることに意識が向いてしまうのが人情というものです。



長期のビジョンではなく、目先の利益優先。まさにファイナンス思考の真逆の行動を引き起こしかねない危うさを、日本型雇用は孕んでいるということだ。

ホンハイに買収されてあっという間にV字回復したシャープなんかを見ていると、正鵠を得ているように思うのは筆者だけだろうか。


以下、ちょっと長いけどとても印象に残った部分を引用しておこう。

高齢化とともに、現状維持を望む人々が増え、短いスパンでしか事の是非を判断できなくなっているという本邦の現状を鑑みるに、日本社会そのものがPL脳に罹患しているような感覚を抱くことがあります。今、私たちに必要なのは、放っておくと衰退する既存産業や社会システムの受け皿となる「ノアの箱舟」をみずからの手で作ることであるように思われてなりません。

昭和の残滓ともいうべき過去の成功体験に固執するPL脳に引導を渡し、未来を切り拓くのは自分たちであるという気概をもつ一人ひとりが、個々に奮起する必要があるのではないでしょうか。
(中略)
本書で解説したファイナンス思考が、皆さんが活躍するうえでの理論武装の一助となれば、筆者にとってこれに勝る喜びはありません。







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