年金倒産 ― 企業を脅かす「もう一つの年金問題」
年金倒産 ― 企業を脅かす「もう一つの年金問題」
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2007年、神戸のタクシー会社である三宮自動車交通が3億円の負債を抱えて倒産した。
倒産理由は、オリンパスのような投資の失敗でも社長の放漫経営でもなく、重すぎる年金
負担金だった。

年金には、全国民加入の基礎年金(国民年金)、サラリーマン加入の厚生年金にくわえて、
企業独自の3階建て部分である厚生年金基金がある。大企業はたいていグループで基金を
抱えているが、地域や職種ごとに中小企業が集まって維持されている基金も多い。
同社も、兵庫県乗用自動車厚生年金基金という基金に加盟する50社の一つだった。

ところが、少子高齢化の影響により、給付額は年々増える一方で若い社員は中々増やせない
という現実がある。積立金を運用しても、想定されていた利益はとても出せない時代になった。
成長を前提にしたシステムは、もはや維持不可能となったわけだ。

「企業が自分達で給付を減らしたり掛け金を増やせばいいのでは?」と考える人もいるだろう。
それはその通りで、帳尻が合うように調整すれば、企業加算分については問題ない。
だが、ここに落とし穴がある。
厚生年金基金には、企業独自の加算分だけでなく、2階建ての厚生年金の一部
を国から預かって、保険料の徴収、運用、給付まで基金がこなす代行業務が
存在する。


かつて、日本の潜在成長率が高い時代には、国の資産を預かって運用することは、
大きなスケールメリットがあった。それだけ多額の利益を見込めたからだ。
でも90年代以降、それはリスクだけが増大し、「埋めなければならないツケ」だけが増える
ことを意味した。

国の定めた賦課方式だから、厚生年金部分の掛け金や給付カットは許されない。
でも組織としては積立方式が建前なので、不足分は会社が拠出しないといけない。
年金負担のために賞与カットやリストラまでするという笑えない自体に、日本中の厚生年金基金
が追い込まれている。

これ以上の損失を避けるために兵庫県乗用自動車厚生年金基金は2005年に解散したが、
解散する場合、国から預かっていた代行分の積立金を返さないといけない。必要額を割り込んで
いれば、加入企業で拠出して穴埋めする必要がある。
その負担分こそ、三宮自動車交通を破綻させた元凶だった。

倒産劇はまだ終わらない。三宮交通が潰れて残った年金の負債は、他の加入企業で
負担する必要がある。ギリギリ耐えているところに、倒れた企業の借金が押しかかるわけだ。
倒産が倒産を呼び、さらに13社が連鎖的に倒産した。

マクドナルドも加盟していた全日本洋菓子厚生年金基金のように、積立金に余裕があるうちに
解散できた基金は稀だ(非正規雇用の厚生年金への加入拡大方針が解散を後押ししたらしい)。

現在、約600ある基金のうち8割が代行割れで、その多くが「辞められないから続けている」
状態にあると筆者は指摘する。この状況に対する筆者の対策はシンプルで、とりあえず基金
の解散を認め、今ある資産だけを国に納めさせること。

「不足分は踏み倒させてよいのか!?」と青筋立てる人もいるかもしれないが、心配はいらない。
国の厚生年金の過去給付に必要な金額は830兆円、そして積立金は140兆円、つまり国の
積立割合はたったの17%に過ぎない。

一方で、代行割れで青息吐息の基金の積立割合は4割前後。つまり、今すぐ解散を
認めても「これまでお疲れさまでした、よく頑張ったね」と褒めてあげたっていいくらい
(現役社員の犠牲で)頑張ってきたわけだ。


厚労省がこれほど明らかな救済策をとらずに連鎖倒産劇を放置しているのは
「自分達の不作為を認めたくないためだ」とする著者の主張には完全に同意する。
厚労省という組織は芯から腐りきっている。

ところで、勘の良い人なら、一つ疑問が残ったはずだ。
「要するに、積立不足が許されない厚生年金基金は四苦八苦しているわけだが、
より財政状況の悪い厚生年金本体は誰が負担してくれているの?」

答えは「近い将来、今の50歳未満が負担することになる」である。
2006年に149兆円あった年金積立金は、たった5年で109兆円に激減した。
この分だと、あと十数年後、それまで何十年と高い保険料を負担させられた挙句に
「積立金が枯渇しちゃったので給付5割カットしますね」なんてことになりかねない。
というかほぼ確実にそうなるだろう。

年金給付に押しつぶされる厚生年金基金の姿は、日本の十数年後を示しているのかも
しれない。先送りした分、もっと凄いことになりそうだが。

非常に示唆に富む内容で、社会保障に興味のある人に強くお勧めしたい良書だ。

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